2026/05/26 09:06
ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。
今回は、この作品を通して僕自身が感じたこと、そして「演劇」そのものについて少し書き残しておこうと思います。
シュールと日常の交差点
そもそもこの『アンドガール』は、「丙午(ひのえうま)」という迷信や、井原西鶴の『八百屋お七』を題材に発足した戯曲です。家族や女性に対する偏見、思い込み、宗教的価値観、そして暴力。そんな重層的なテーマを深掘りしながら、極論的なディストピアを立ち上げていくような作品でした。
稽古の初期、作・演出の新井孔央さんから言われたのは「単に性的な描写をしたいわけではなく、それを通じて観客が考えるきっかけを作るために、ブレヒト的な『異化効果』を演出でつけたい」ということでした。
ブレヒト演劇を見たことがない私は、最初聞いた時あまりピンときませんでしたが、調べたり稽古を進めたりするうちに理解していきました。たとえば2026年のナショナル・シアター・ライブの『ハムレット』でハムレットを演じたヒラン・アベイセケラが観客に語りかけるシーンなんかを思い出した。それだけでなく、劇団☆新感線や渡辺えりさんの3○○の舞台などでも、役ではなく役者としてお客様に向かって直接セリフを放つ瞬間が多々あります。これまで見聞きしてきた様々な戯曲で用いられてきた、客席と舞台を隔てる「第四の壁」を越えるあの感覚に近いのだと。
この作品には、ねっとりとした気持ち悪さや、すぐに性的行為に及ぼうとする登場人物の狂気、一見普通に見える人から炙り出される歪んだ人格描写が多々含まれていました。
それをどうお客様に見せるか。新井さんは、その歪(いびつ)な世界をまるで「耽美な宗教画」のように描き出すことにこだわり、インティマシー・シーンとしての俳優への配慮や「心理的安全性」が徹底された中で、何度も稽古を重ねました。
🔗 「ド・パールシム」公式サイトはこちら
🔗 カンフェティ(Confetti)掲載:作・演出 新井孔央さんのインタビュー/コメント記事はこちら
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🔗 カンフェティ(Confetti)掲載:作・演出 新井孔央さんのインタビュー/コメント記事はこちら
日常の延長に起きるシュールな不条理。不可解だが稚拙で盲目的な人間たち。
テーマや性的描写は過激で賛否両論あるものでしたが、新井さんの文体は非常にわかりやすく、ユーモアがあり、飽きさせないところがあります。実際、普段は演劇を見ないというお客様からも「2時間があっという間だった」という感想を多くいただきました。


演劇は化学反応でありチームワークの結晶❄︎
そして何より演じていてスリリングだったのは、回を重ねるごとに変わる「お客様の反応」です。
急にキスをしたり、お尻を叩いたりする意味のわからない展開が、ある日は大きな笑いを生み、ある日は静かに白ける。
演劇はお客様の質で変わる、と昔から言われますが、本当にその通りでした。
特に今回のような小劇場では、大舞台のような「まとまった集団心理」ではなく、お客様一人一人が発するエネルギーがダイレクトに肌に突き刺さってきます。どんなに役者が頑張っても、お客様と心が通じなければ舞台は成立しないのです。

だからこそ、2日目、3日目は本当に苦しかった。
初日が想像以上にウケたことで、無意識のうちに保身に走っていたのだと思います。テンポの悪さや、どよんとした客席の空気を感じ取ると「なんとかしなきゃ」「どうにか戻さなきゃ」と変な力みが生じる。結果、ますます自分の内側に閉じこもり、お客様と繋がれなくなっていく。
そんな時、先輩からの助言もありました。公園のセットに対してどんなふうに反応するか、相手役の表情がどう変わっていくか、鞄の持ち方や歩き方、体の向き、全部丁寧に変化を楽しむという姿勢。
「コントロールしようとするのをやめよう。ただ役に集中し、思い切って手放してみよう」と思えました。
成功した演技の模倣や、頭で考えたプランをなぞるだけの芝居は、やっていても面白くありません。ただでさえ劇中で大声を出してビニール袋を被され、酸欠状態の脳に、知的好奇心まで失われたら退屈で死んでしまいます。
本番であっても常に、稽古の時のように「その状況から受け取れるもの」を探る。その新たな可能性を楽しむ方に振り切ってからは、お客様としっかり交流できた確かな感覚がありました。
お客様の反応なんて、それぞれの価値観で違って当たり前。それなのに、自分の力でコントロールしようとしていた愚かさに気づけたことは、今回の最大の収穫です。


コントロールしようとすれば、繋がりは途絶える。
かといって、お客様を置いてけぼりにする自己陶酔的な演技になってもいけない。
答えはいつだって「in between(その中間)」にあるのだと思います。
人と人の「間(あわい)」のなかで生きるのが人間。
人を演じるのではなく、人間を演じる。
そのためにも、これからはもっと多くの舞台に足を運び、映画を観て、吸収すべきことが山ほどあると痛感しています。自分自身が舞台に立ち続けることも。
今後の展望
そして今回、もう一つ自分の中で芽生えた大きな思いがあります。
それは「自分自身で作・演出をしてみたい」という強い欲求です。
俳優としての肉体表現はもちろん、これまで培ってきた映像クリエイターとしての視点や音楽制作など、自分のすべてをフルにぶつけていける環境をどう創り出していくか。それが今後の表現者としての鍵になる気がしています。
これからも恐れず、肩の力を抜いて。
作品のメッセンジャーとしての役割を果たしながら、自分のすべてを懸けられる次なる現場へと足掻き続けていこうと思います。
改めてご来場、ご声援ありがとうございました。

改めてご来場、ご声援ありがとうございました。


